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先日「小さかった娘にはフツーのママたちの100分の1も手をかけてあげられなかったけれど、それも私なりにしっかりと考えて選択したこと、今でも後悔は全くありません。」とお伝えしましたが、その理由は自分自身の生い立ちにあります。 私は生まれたばかりの頃から、両親が仮住まいさせてもらっていた親戚の家庭で5歳まで育ちました。 ![]() 両親は朝早くから働きにでていたので、朝から晩まで1日のほとんどをその家庭で過ごしました。 幼稚園に入った時には、その親戚が送り迎えも幼稚園行事も遠足も行ってくれました。 5歳の時、その家を離れることになった時はショックを受けましたが、だからといって両親との生活がギクシャクしたわけでもなく、一緒に過ごさなかった5年間がマイナスになる事は全くありませんでした。 逆に、他の人より私にはたくさん親がいてくれ、得をしたと思っているくらいです。 その実体験があったおかげで、私には「子育てのすべてを母親がしなくても、子供はちゃんと育つ」という考えがありました。 実の母親でなくてはダメな事なんて実はそんなになく、愛情を持って接してくれる人なら血のつながりがなくたって子供は愛を感じられると。 それと、5歳にならないような小さな子供でも、一緒にいる時間がとれずに一生懸命働いている両親の愛情を感じ、受け取れるのだということ。 だから、自分が「今は(まわりに迷惑をかけても)やるべき」と思ったタイミングで、娘に愛情を注いでくれる人が「やっていいよ」と言ってくれるのなら、その期間思いっきり、堂々と仕事に専念しようと思いました。 そしてその選択をしたからには迷わず、娘に誇れる仕事ぶりを小さな瞳に焼きつけるくらい頑張ろう!そんな思いで働きました。 いつか年頃になった娘に「お前が私の子育てに専念しなかったから、グレてやったぜ!」とぶん殴られても後悔はしない、と思って走り抜けてきましたが、殴られる経験をすることなく、娘は高校3年生まで成長しました。 卒業後の進路も決まり、毎朝続けてくれた親孝行のお弁当作りも3年間完走できそうです。 子育てには「正解」も「間違い」もないのでなんともいませんが、今、私も娘も毎日楽しくニコニコ過ごせているのなら、私のちょっと変わった子育ても、私の家庭ではありなのかも?と、自分の都合の良いように解釈しています。 生き生きと一生懸命に働く親の姿を見て育った私が、今度は娘に働き続ける事の素晴らしさや楽しさを見せていきたいと思います。 次は娘がどんな生き方を選択するのか? 楽しみにしつつ。
by backe-akiko
| 2016-11-21 10:44
| Backe晶子
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